この記事は 技術イベント・カンファレンス運営のノウハウ(2枚目) Advent Calendar 2025 の記事です。1日目が空いていたので、今さらながら埋めます。
今年は多くのコミュニティイベントにスタッフとして参加しました。また、コロナ禍前からカンファレンススタッフとして細々と活動しています。そうした経験の中で重要だと感じたのはユーザーコミュニティのイベントでは「ホスピタリティを捨てろ」ということです。後述しますが、企業コミュニティではホスピタリティを追い求める戦略は有効に思います。
ホスピタリティとは
いわゆる「おもてなし」というやつです。参加者のことをねぎらい、不便なく快適に過ごせるように、スタッフがあれやこれを行い、参加者に無駄な手間をかけさせないことを指します。
なぜホスピタリティを捨てるべきなのか
いくつかの理由があります。
自分が気持ちよくなっているだけでは?
なぜ多くのスタッフはホスピタリティを持ってカンファレンス運営を行うのでしょうか?
深堀りして内省すると、「自分がそうなりたいから」「親切な人だと思われたいから」「感謝されると気持ちいいから」といった理由にたどり着くように思います。
もちろん、スタッフが気持ちよく作業をできるということはとても重要なことです。ですが、ホスピタリティという言葉とは裏腹に、動機は参加者のことをあまり考えていないことが多いのではないでしょうか。
線を引いて分断する
ホスピタリティを発揮するとどうなるでしょうか?おそらく結果的に、「私はサービスを提供する人です。あなたはサービスを受ける人です。」といったような、わたしとあなたは違う立場ですよという線を意識させる行為になります。
さて、我々エンジニアは線を引くことについて危機感を持たねばなりません。ソフトウェア開発の歴史では
- 開発と運用を分ける
- 設計する人と実装する人を分ける
- ビジネス部門とIT部門を分ける
というようなことを行い、大失敗を繰り返してきました。こういった線を引くことの有害性は徐々に認識されてきています。昨今では、役割の境界を意図的に曖昧にし、価値提供までの一連の流れをワンチームで行うことが一般的です。
では、ホスピタリティを発揮して、サービスを提供する人とサービスを受ける人の間に線を引くのはなぜですか?線を引くことにより、どのような有益性を得られ、どのようなユーザー体験を実現できますか?
専門的なスキルである
世の中の職業には、ホスピタリティを提供する職業があります。例えば高級料理店のホールスタッフや、遊園地のキャストなどが当てはまります。彼らはホスピタリティを発揮することで収入を得ていると言っても過言ではありません。言うなれば、高いホスピタリティの提供とは、エンジニアリングと同じように、専門的なスキルであるということです。ホスピタリティについての知識や豊富な経験なしに、高いホスピタリティを提供することは難しいでしょう。
よって、ホスピタリティに重点を置くのであれば、金銭で解決したほうが良いです。つまり、プロのイベントスタッフに依頼したり、クロークサービスや飲食提供の付いた会場を選定することで、より高いホスピタリティを実現できます。ですが、ユーザーコミュニティでの草の根カンファレンスでは、こういったことに金銭をあまりかけられないのが実情です。ですので、高いホスピタリティを提供するのは、ユーザーコミュニティのカンファレンスよりも、比較的に予算を注ぎ込みやすい企業カンファレンスのほうが得意でしょう。
代わりに求めるものは
では、ホスピタリティを捨てて、我々は何を求めるべきなのでしょう。僕は「一緒にカンファレンスを作り上げる体験」を提供することが重要に思います。
具体的な例を見ていきましょう。
勉強会でよくある光景として、セッションをした後に飲食込みの懇親会を行うことがよくあります。このとき、セッションが終わったタイミングで懇親会の準備が終わっていないことが稀にあります。この場合、どうするべきでしょうか?
ホスピタリティの高いイベントの場合、参加者の手間をかけさせないためにスタッフで懇親会の準備を行います。この間、参加者は準備が終わるのを待つ流れになります。ですが、待つというユーザー体験は得てしてあまり良くないものです。暇ですからね。手間をかけさせないために良くない体験を提供してしまいます。
代わりに、参加者に一緒に準備を手伝ってもらうのはどうでしょうか。参加者に手間をかけさせるわけです。ですが、よく考えてください。「手伝ってください!」と言われて嫌な気持ちになりますか?実際はあまりならないように思います。むしろ、「頼られて嬉しい」と感じる人のほうが多いでしょう。
また、共同作業はコミュニケーションのきっかけとしてとても良く機能します。エンジニアはコミュニケーションが苦手な方が多いです。そして、コミュニケーションが苦手な人にとって「話題を探す」というのは難易度の高いものです。見ず知らずの人を相手にしたときに、話題を必死に考えて「今日はいい天気ですね」と声をかけるよりも、「机の反対側を持ってもらってもいいですか?」と声をかけるほうが圧倒的にラクですよね。そして、一度コミュニケーションを取ってしまえば、再び話しかけることは最初に話しかけるよりも簡単なことが多いです。
また、一緒に何かを成し遂げるという体験は、良い体験になりやすいです。成し遂げる内容が容易だとしてもです。
ホスピタリティの捨て方
では、具体的にどのようにすればホスピタリティを捨てられるでしょうか?
僕自身が主催したミニカンファレンスである PHP Sessionless Conference (以下ピセカ)では以下のようなことを行いました。
これらを行うことによりホスピタリティを捨てられ、全体的にユーザー体験や満足度が高まったように感じます。
当日スタッフチケット
ピセカは有料イベントでしたが、一般参加と同じように当日スタッフチケットを有料で販売しました。

なお、各スタッフのチケットの内容は以下のようになっています。
一般チケット
一般参加者として参加するためのチケットです。当日スタッフチケット
一般参加者としてだけでなく、カンファレンスの設営や撤収にも携われるお得なチケットです。
やりがい搾取みたいな内容ですね。
このようになるべく一般参加者とスタッフの条件をなるべく揃えることで、参加者とスタッフの間に無意識に線を引くことを低減させています。お金を払うことで、「自分はスタッフでもありつつ、客でもあるんだ」と意識できます。なお、当日スタッフだけでなくコアスタッフも有料にしていました。
スタッフマニュアルへの明記
無意識への働きかけでは効果は薄いので、ちゃんとスタッフマニュアルに明記をすることで意識的にも働きかけました。
以下はスタッフマニュアルからの引用です。
(当日スタッフは設営と撤収をメインとした募集ではありますが)スタッフは参加者から質問がきたりすることもあるかと思います。その際は、以下のマインドセットを持っていただけると嬉しいです。
- ホスピタリティを捨てる
- 「おもてなしをする心」はもてなす側ともてなされる側という線を引いてしまうので、家に置いてきてください。
- 代わりに共創の精神を持つ
- 参加者と一緒にカンファレンス作り上げることを念頭においてください。
例えば参加者が困っていたときに「代わりにやる」ではなく「一緒にやる」という選択肢を取れると良いと思っています。
背中を見せる
文章だけ書いても普段の行動に呑まれてしまうのが人間なので、率先して自身で行動する必要もあります。例えば
- 少しでも手が空いているときは率先して参加者に話しかける
- 参加者と同じように会話をすることで、相手との垣根を減らし、会話をしていい、したほうがいい空気を醸成させる
- 参加者と一緒に撤収する
- 机や椅子の片付けは共同作業をしやすいので、司会から参加者にも手伝うように伝える
まとめ
ホスピタリティを捨てるのは、マインドセットを変えることに近いので、簡単なことではありません。
ですが、相手のことを深く考え、思いやると、「何かをやってあげる」という行為はあまり相手に良い体験を与えません。
何かをやってあげるのではなく「一緒に作り上げる」ことを重視すると、スタッフも参加者も幸せになると思います。